照覚寺について

私達は何処から来て何処に向かうのでしょうか、この世に生まれてきた理由は何でしょうか、今何をすれば良いのでしょうか。

私達が今の時代に生まれてくる遥か2500年前の時代に生きる事の意味を問い、王子の実でありながらその身分を捨てて出家した方がおられます。

今の時代のように便利な物が一切無く、庶民にとって生きることが大変だった時代に、裕福な王子の身分で居続ければ、何一つ不自由なこと無く贅沢な暮らしが保障されたにも関わらず、それを幸せと観じることが出来なかったのは何故でしょう。

その方は仏教の開祖である釈迦なのです。

果てしなき輪廻転生の記憶を持ち、苦しみも楽しみも経験し尽くした釈迦にとって、たとえ王子の身であっても命を狙われたり他の国から滅ぼされたりして永遠の安楽な状態は無いことを知っていたのです。

自分達が生きていくために他を滅ぼすということを繰り返していても、安楽なる境地にはたどり着けないことも知っていたのです。

釈迦は何もかも捨てて様々な修行を経験しましたが、体を痛めつけたる修行では悟りに到達しない事を知りました。

瞑想修行で自らの内と外を観じることこそが悟りへの道だったのです。

座禅瞑想修行は仏教の基本であり、宗教以外にも体の健康や仕事の効率化のためなどの目的で利用されています。

あなたも座禅瞑想修行をしてみませんか。